ヌチドゥタカラの家

本来は寄る予定のなかった場所だ。ガイドブックにも地図上に名前があるだけで、詳しい説明はなかった。だから、その日の観光コースに入っていなかったのだが、たまたま船の出向時間まで余裕があったため、私はそこへ向かうことにしたのだ。
まさか、あんな体験をするとは夢にも思わなかった。あれは一種のタイム・スリップかもしれない。(といっても、現実に時間を飛び越えたわけではないのじゃないです)

「わびあいの里」という財団法人が運営する施設で、「やすらぎの家」と「ヌチドゥタカラの家」がある。
この施設は伊江島出身の平和活動家である阿波根昌鴻氏が(こういう肩書きで一括りにするべきではないかもしれないが)、平和と共生(特に沖縄の人々の)のために建設したもので、その中でも「ヌチドゥタカラの家」は、平和資料館と銘打っている。

私は伊江島観光を一通り終え、本部行きの船の時間を確認したところ、まだ1時間程度の余裕があることを知った。港で1時間をつぶすのは、せっかくの離島観光なのにもったいないということで、近場で観光できるところがないか探してみた。
すると、ガイドブックの地図に「ヌチドゥタカラの家」という文字をを見つけた。小さな地図に更に小さな文字で書かれていて、その時までまったく意識することがなかった。もちろん、個別の記事もない。
伊江島観光の途中で「団結道場」なるものを見つけたため、ここも同じような類のものかとも思ったが、名前からして「団結道場」のようなアグレッシブさはなく、どちらかというと、来るものは拒まない程度の、なんとなく受身の雰囲気が漂っていた。
もしかしたら、その受身が私の興味を誘ったのかもしれない。
とりあえず、私はバイクにまたがり港を離れた。

ガイドブックの地図は詳細な道を示していないし、道路から少し奥に入った場所にあったので、場所を探すのに手間取ってしまった。
港から225号線を東に進むと、青少年村の少し手前に、海へ続く道がある。目的の施設は、そのずっと奥の、海のそばに立つ防風林の中にあった。
門には巨大は鬼の石像が両脇でにらみを利かせている。一瞬シーサーかとも思ったが、今ではゆるキャラにまでなっているシーサーとは違い、その視線はとてつもなく厳格だった。


駐車場にバイクを止め、右手の建物に入っていく。「ヌチドゥタカラの家」に入るためには、まず併設されている「やすらぎの里」という建物で、300円(大人)の入館料を支払う。
資料館は「やすらぎの里」の奥にあり、白い小さなコンクリート製の建物が、中庭の脇に建っていた。壁には大きく詩が書かれている。曰く、

“すべて剣をとる者は剣にて亡ぶ(聖書)
基地をもつ国は基地で亡び
核を持つ国は核で亡ぶ(歴史)”

これは、団結道場でも見かけたものだ。


中に入って、私は度肝を抜かれた。小さな部屋の一面に、当時使用されていたと思われる服やプラカードや旗が展示されている。展示というより、台の上や壁や天井に、無造作に置かれたり掛けられたり吊るされたりしている。匂いはないが、色あせているはずの白や赤が、私の視界を占領していく。

 

 


私は奥まで入ることが出来なかった。それどころか、5分とその場に居られない。
出ては入りを何度が繰り返したが、もうとても我慢が出来ずに、私は「やすらぎの里」に引き返した。

「ヌチドゥタカラの家」は資料館だ。しかし、本島にあるような有名どころの資料館や博物館とは違う。私は平和祈念公園の資料館にも行ったことはあるが、ここの生々しさは祈念公園の比ではない。

ここを開設した阿波根氏は、展示されている物品を称して「ガラクタ」と呼んでいるそうだ。展示というより雑然と並べられている服や写真や旗などは、確かに彼らにとったら、今ではガラクタかもしれない。少なくとも、その当時活躍した物たちだったが、今は役目を終え、時だけが静かに流れていく。服の一枚にしたところで、別に反戦平和を訴えるために、この世に生み出されたわけではなく、元々は小さな女の子や、そのお母さんや、どこかのおじさんのために職人が糸をつむいで作り上げたものだ。
平和活動のプラカードにしても、当時の人々が当時必要だったからこそ生み出されたものなのだ。それが今必要かどうかは、彼らには関係のないことだ。

しかし、今現在を生きている私たちにしてみれば、当時必要なものを目の前に、しかも、ああいう感じで雑然と示されると、今現在も使用中で「また後で取りに来るね~」と言わんばかりの、強烈な自己主張を受ける。この小屋の中だけが過去に戻っていて、そのうち入り口のドアが開いて、ここにある服を着ていた人々や、このプラカードを持って平和運動をしている人々が、あの当時と変わらない様子で入ってくるんじゃないかと思うほど、小屋の中は生々しい空気に満たされていた。

誤解しないでいただきたい。これは別に「お化けが出る~」と言った超常現象チックな話ではない。そんな低次元なものではなく、時間を越えても尚主張できる、人々の活力なのだ。
厳密に言えば、ここは単純な「反戦」資料館というより、「戦争を生きた人々」を物に置き換えた資料館だと思う。

今思えば、現在を生きる私が時間のギャップに酔ってしまい、その場に居られなくなったのだと思うが、当日はわけがわからず、血の気を失ったまま「やすらぎの里」に戻り、そこにあった椅子にへたりこんだ。
「安らぎの里」の事務所は、一度の十数人は入れそうな大きな部屋で、事務所には謝花さんという年配の女性が一人いた。後で尋ねると、ここの館長をされているということだった。
私があっという間に戻ってきたので、彼女は「どうしたの?」と尋ねた。
私が事情を説明すると、前にも「見られない」と言ってすぐ戻ってきた人がいたらしい。
私は彼女と少しだけ話をして、最後に「また来ます」と言って施設を後にした。

「また来ます」は嘘ではない。次はしっかりと彼らの時間を体感できるよう、私もあの時代に思いをはせながら「ヌチドゥタカラの家」のドアを開けたい。
そうすれば、きっと私と彼らとのギャップを埋めることができるだろう。
そして、こんどはもっとゆっくり時間をとって、謝花さんとも話しをしてみたい。
歴史の勉強としてではなく、彼らにもっと近づくために。

地図

各種情報

住所 沖縄県国頭郡伊江村字東江前2300-4
営業時間 8:00-18:00
入館料 大人300円 小中高生200円
定休日 年中無休
連絡先 0980-49-3047
URL http://www3.ocn.ne.jp/~wabiai/